大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)1038号 判決 1973年10月09日

上告人

合資会社

渡辺製麺所

右代表者

渡辺政雄

上告人

田畑久蔵

右両名訴訟代理人

金野繁

被上告人

青山倭

外一六名

右一七名訴訟代理人

田中巌

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人金野繁の上告理由第一点について。

権利能力なき社団の代表者が社団の名においてした取引上の債務は、その社団の構成員全員に、一個の義務として総有的に帰属するとともに、社団の総有財産だけがその責任財産となり、構成員各自は、取引の相手方に対し、直接には個人的債務ないし責任を負わないと解するのが、相当である。

これを本件についてみると、訴外東北栄養食品協会(以下協会という。)が権利能力なき社団としての実体を有し、被上告人らはいずれもその構成員であること、協会の代表者である訴外宇野勇が協会の名において上告人らと取引をし、上告人らが本訴で請求する各債権は右取引上の債権であることは、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が適法に確定するところである。右事実のもとにおいて、被上告人らが、上告人らの本訴各請求債権について、上告人らに対し直接の義務を有するものでないことは、叙上の説示に照らし、明らかであるといわなければならない。

それゆえ、上告人らの本訴各請求を排斥した原判決は、結論において正当であり、その判断の過程に所論の違法は認められない。また、所論引用の大審院判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

同第二点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 高辻正己)

上告代理人金野繁の上告理由

第一点 原判決は、判決に明らかに影響を及ぼす民法総則第二章の法人、及び商法の会社制度、並びに債権に関する法令の適用を誤り、左記判例に違反する。

すなわち、大判昭和一〇・七・三一判決、法学五巻三四七頁、判例体系五巻二一〇頁登載の判例によれば、「人格ナキ社団モ法人ニ非ル以上、社団トシテ私法上権利義務ノ主体タルコトヲ得ルモノニ非ス、故ニ社団財産ハ法律上社団ヲ構成スル総社員ヲソノ主体トシ、社団ノ債務モ亦法律上総社員ノ債務ナリト解スルヲ相当トス」と判示している。

又、原判決引用の最高裁昭和三九・一〇・一五小法廷判決、集一八巻八号一六七一頁によれば、その資産は社団に加入している構成員に総有的に帰属するというのである。

ところが、原判決は右最高裁の判例を前提としながら、一転して「社団の資産に包含されない構成員の個人財産までが構成員全体の総有となつている関係にあるわけではない。そして個人財産から区別された社団の資産というものが独立に存在するところから、その債務についても真実これを負担するのは構成員にほかならないけれども、その責任の範囲は原則として社団財産の範囲に限定されるものと解するを相当とし、その社団の目的や事業内容のいかんにより、また社団がその後実体を喪失し、事業を廃止したか否かによつてその結論を異にすべき事由を見いだし難いのである」と判示する。

すなわち、権利能力なき社団の構成員の責任は、有限責任だというのである。

問題は二つある。

第一に、前掲最高裁の総有というのは、いわゆる講学上の総有なのかどうか、総有としても資産についてのみの判示であるが、負債についても推し及ぼすことが出来るかどうか、

第二に、前掲最高裁の判例を前提としても、構成員の有限責任を肯定することが、法人や会社制度などの全法律体系上妥当かどうかである。

一、学者は我が国の共同所有の諸態様として総有、合有及び共有の三つの理想型を区別している。

しかし乍ら、法律上共有を除き正面からこの三つの区別をしている訳ではなく、近時の学説が合有と解する組合財産(民法第六六八条、同六七六条)相続人が数人ある場合の相続財産(民法第八九八条)についても、民法は共有といゝ、総有といわれる入会権についても共有の性質を有する入会権には慣習の外、民法の共有の規定を適用する(民法第二六三条)というのである。

前掲最高裁の判決要旨にしても、「そして権利能力なき社団は「権利能力のない社団」でありながら、その代表者によつて、その社団の名において構成員全体のため権利を取得し、義務を負担するのであるが、社団の名において行われるのは、いちいちすべての構成員の氏名を列挙することの煩を避けるためにほかならない」と判示し、必ずしも対外関係において資産が総有的に帰属する趣旨とは解されない。

本件は、構成員の一部を「一々氏名を列挙するの煩を避け」ずに訴えたものである。

従つて、ここに総有的にとは「構成員全体に」という趣旨であり、講学上のいわゆる「総有」を認めたものとは解し難い。

仮に総有としても、前掲最高裁の事案は法人にあらざる引揚者更正生活協同連盟杉並支部と構成員であると主張する者との間の判示であり、資産が総有的に帰属するとはその内部関係に過ぎないのである。

又、仮に総有的に帰属するとしてもそれは資産についてのみであり、債務については別個である。

すなわち、民法第四二七条によると、数人の債務者がある場合は債務が分割されることを原則とし、同法四三〇条によれば、数人が不可分債務を負担する場合には連帯債務の規定に従い、同時又は順次に総債務者に対して全部、又は一部の履行の請求が出来るのである。

従つて資産が総有的に帰属し、構成員が持ち分や分割請求権を有しない場合であつても、債務については民法の原則に従い、可分債務になるか、又は不可分債務の規定に従うべきである。

従つて原判決は民法第四二七条又は同法第四三〇条に明らかに違反する。

又、前掲最高裁の判例が債務について何んら判示していないのであるから、債務について判示している前掲大審院の判例に違反する。

二、原判決は以上の誤りの外、権利能力なき社団の構成員の債務につき、有限責任と解した。

およそ法律に特別の規定がない限り、人は無限責任を負うものと解される。

本件の定款(乙第二号証)第三〇条によると、残余財産が残存すれば構成員が配分を受けるのに、債務が残存すれば有限というのであつて甚だしく公平を害する。

民法第六七四条二項によれば、利益又は損失に付いてのみ分配の割合を定めたときは、その割合は利益及び損失に共通なるものと推定すると定め、前記の精神を顕現している。

会社制度では取引の安全を保護するため、その組織や機関に厳格な画一的規制を加え、各種の強行法規が存する。

ところが若し、権利能力なき社団に有限責任を認めるならば、法的に何んらの規制を受けない株式会社を認めるのと同様である。

原判決に従うならば、結果的に法律の根拠がないにもかゝわらず、利益があるときは構成員はその分配に預り、債務のみが残存したときはそれを踏みたおすことを裁判所が認めたことにひとしいのである。

従つて、この種の社団を認めるならば、民法の公益法人の規定や、会社制度の煩雑な規定を回避し、その規定の実効性や強行性が減殺され、むしろその弛緩を助長するものである。

以上のとおり原判決は、破産における免責制度や民法の意思責任の原則等から論理的に帰結される無限責任の原則に明らかに違反し、同時に民法の法人や商法の会社に関する規定の精神に違反する。<以下略>

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